闇に紛れて人を斬る
しかし誰もそれを見た者はいない
本当にいるのかも分からない
だが死体は確実に増えていく
人はいつからか
それを『夢人』と呼ぶようになった
夢のように現れて
夢のように消えてしまう
存在していないようで
存在する幻
それが僕だ
誰よりも強く
それが父の最後の言葉
誰よりも幸せに
それが母の最後の願い
闇守で生まれた僕にとって父と母との思い出は皆無だ
物心ついた頃にはすでに二人とも帰らぬ人となっていて、任務失敗のため消されのだたと周りから教えられただけ
悲しいとは感じない
それが彼らの終わり方だったのだろう
鶴屋という家があり与えられた雑用をこなしておけば食べるものも着るものも心配する必要がない
貧しさで喘ぐよりはずっとましだ
「おい」
「はい」
「そこ片づけておけ」
「わかりました」
僕には不二周助という名前がある
でも闇守の下働きのものが名前を呼ばれることはない
闇守の両親がいようがいまいが下の者は皆平等だった
僕の仕事と言えばあまり外出できない闇守のお使いだったり、食事の後片付けだったりする
楽ではない、かといって辛いわけでもない
「おい、不二」
「手塚・・・」
一人だけ僕の名前を知っていて、呼んでくれる人がそう言えばいた
手塚国光
同い年だけど僕より一足先に任務に就いている
「上方が呼んでいる。話があるそうだ」
「・・・・・・」
上方は闇守の頂点に立つ創設者の孫だ
代々上方という名前を受け継いでいくため本名は不明
その上顔まで隠すという徹底ぶりだった
そんな遙か雲の上のような存在
僕のような雑用が会える人ではない
そんな人が呼んでいると言うことはなにかある
追い出されるか、殺されるか
雑用の場合は何も知らないためただ追い出されるだけで済むが、闇守に一度なってしまえば失敗は死を意味する
そのせいで父母が死んだのだから忘れるわけがなかった
言われるまま部屋に向かい、未だかつて足を踏み入れたことのない座敷へと通される
初めて対面する上方
どんな容姿なのだろうと下げた頭をおそるおそる上げてみたが次の瞬間僕は絶句した
闇に溶けてしまいそうなほど黒い着物に黒い頭巾
顔どころか声すら布に邪魔されて掠れたようにしか聞こえてこない
「お前には・・・・依頼をこなしてもらう」
「はい」
「目標は菊丸という一家だ」
「菊丸・・・全員ですか?」
「誰一人として生きていてはいけない」
「いったい・・・・・・・・分かりました」
いったいその人達が何をしたんですか
そう言いかけて、やめた
依頼はくる
理由は依頼主しか知らない
依頼を遂行する闇守にも教えてはもらえないため聞いても無駄だった
「行け。失敗は許されない」
部屋を出ると一枚の紙を渡され、そこには時と場所
そして初仕事の目標となる一家の家族構成が記されていた
父母と子供五人
この任務を成功させたら闇守となる
それはいつ死ぬか分からない世界を受け入れるということ
躊躇いは死
失敗は死
成功だけが生への望みだ
上方との対面は通常この一度だけ
後は何か大きな仕事を成し遂げなければとても会えるような方ではない
それなのに・・・
なぜかまた会うような気がした
ただ漠然と
『記された時刻通りに着かなければ、目標を消すどころか見つけることさえままならない』
ということを長年の下働きで知っていた僕は、その日のうちに鶴屋を後にした
拭いきれない疑問といい知れない不安をひた隠して黙々と村へ向かう
それが何に対するものなのかその時の僕には分からない
「こんばんは。菊丸さん・・・ですね?」
教えられたわけでもないが一応確認のため問いかけた
時刻は合っている
そして人数も
あちらの姿は提灯の灯りで照らされているためよく見えた
だがこちらは暗闇に紛れているためあちらからでは見ることはできないだろう
月も都合良く隠れている
警戒したのか父親と思われる男が母親と思しき女に提灯を預け二人の子供と共に刀へと手をかけた
無駄なことだ
特段剣術が好きというわけではなかったのだが、必ず必要になると言う理由で暇を見つけては
手塚に稽古をつけてもらっていたため、今ではそうとうな腕前になっているはずだから
剣の嗜みがある程度の人には負けるはずもない
「・・・・誰だ」
「闇守です」
言ったとたん周りの空気が凍り付いた
どうやら存在を知っているらしい
末の子を庇うように皆立ちはだかる
まるでその光景を決して見せてはいけないとでも言うように
「恨みはありません、ですが依頼のため・・・・・死んで頂けませんか」
「私にも家族がいる。そう簡単に死ぬわけにはいかないな」
「・・・・僕も死んで頂かないと困るんです」
「そうか・・・・」
ゆっくりと雲が流れ月が顔を出す
月明かりで僕の顔が照らし出されると、こちらを凝視していた
それはそうだろう
僕は末の子供と同じ年なのだから
斬りかかってきた兄を斬り倒し、続いて父親ともう一人の兄を斬る
先ほどまで降り続いた純白の雪が、鮮血色に染まりじんわりと広がった
やめてくれと縋ってきた姉を斬り、母親と末の子を守ろうと掴みかかってきた姉も斬る
残るは後二人
「大丈夫・・・母さんが守ってあげる・・・から・・・・・・ね」
何かを囁きかけていた母親の背中に一太刀入れた
終わりだ
始まったとも言える
逃げることの出来ない闇を守る仕事が
手にかけてしまった
人の命を背負ってしまった
最後の一人にとどめを刺そうと目をやると、末の子が小さく震えながら母親の血で染まる自分の手を
呆然と眺めていた
泣きわめくこともなく
命乞いをするとこもなく
今起こっていることが理解できていないような、そんな顔
早く終わりにしてしまおう
そう思い刀を握りなおしていると、不意にその子は顔を上げ僕を目に映した
憎しみでも、恐怖でもなく
強い悲しみをたたえた瞳で真っ直ぐに
とたん、分からなくなってしまった
これは仕事のはずなのに僕は今
罪を犯した
人を殺したこともだが
普通に生きていたこの子から
なにもかも奪ってしまった
全てを消し去ってしまった
得られたはずの幸せとこれからも与え続けられるはずだった愛情を、温もりを
それらを知らない僕が
この手で
依頼したのは僕ではないのに、手を下したのは僕
何かが欠落していくような感覚がする
ただ一つだけ確かなことは
僕はこの子を斬ることができない
身を切られるような寒さの中末の子が声を絞り出す
悲しみに震え、途切れ途切れの小さな声で
「な・・・・んで・・・・・」
「・・・・・・・・」
「なんで・・・・・みんなを!!!」
「ごめん・・・」
「っ!?」
口をついて出たのは謝罪の言葉
望まれていないのは知っていたけど、それでも謝らなければ自分の犯した罪の重さに今にも潰されそうで
どうしようもなく怖かった
それでなくとも僕は全滅の依頼を達成させることが出来ず、死を待つだけになるだろう
ならばこの子に殺して欲しい
それが僕に出来るせめてもの償いだ
今のこの子には僕を殺すだけの覚悟はない
そう考えて少しおかしくなった
僕にもそれだけの覚悟があればこんなに苦しむこともなかったのに
「僕を殺して・・・・」
「!?」
「どうしてもこれは許されないことだ。だったらせめてもの償いに」
困惑した表情で僕を見つめる
それも当然のことだろう
目の前で家族を殺した者が殺してくれと頼むなんて
逃げているのは承知の上
闇守に取り込まれて消されるよりはよっぽどいい
結局最後まで僕の都合だ
「僕は不二・・・・不二周助」
「え・・・・・・・・・・・?」
「探すにはいるだろうから、君にあげる。僕も闇守に留まって君を捜すから・・・。だから君の名前を」
心から懇願した
初めて名前を名乗って、殺してくれと頼む
人に何かして欲しいと頼むのも初めてだった気がする
「俺は・・・・菊丸・・・・菊丸英二」
英二と名乗る末の子は少しだけしっかりとした声で答える
英二・・・英二・・・・英二
しっかりと脳裏へ刻み込むように僕は何度も反芻した
絶対に忘れないために
地面に座り込んでいる英二に背を向けて僕は歩き出す
この名前を返すときまで、依頼主を調べてみよう
そんなことを密かに誓いながら
「君をずっと待つから」
その後英二がどうなったのか僕は知らない
それから幾年も時を経ても僕は闇守を続けていた
皆に認められ、仕事も黙々とこなす者として
皆と一つだけ違ったのは名前がないことだった
しばらくの間名前のない者として過ごしたが、やはり不便だということで
人々が囁き合っていた夢のような人から手塚が夢人と名前をつけてくれた
そして今
英二を見つけることができた僕は
為す術もなく、雪道を歩く
雪に悲しみが溶ける
雪は冷たさと白さを増して
空気を冷やしていく
あの時謝ることしかできなかった僕は
また同じ雪の中
謝ることしかできないのだろうか
※流血有
苦手な方はご注意ください