新たな依頼

とても信じることの出来ないような、そんな内容だった

けれどそれで役に立てるというならば

僕は喜んで協力しよう

それが最後の願いなら

なおさら・・・









菊月の正体に気がついてから数日
あれ以来天華へ一度も近づいていない
会いに行き名乗ってしまえば全てが終わる
再開し名前を返せば僕は死ぬ
あの雪の日に交わした約束
数年の歳月の中で、彼にももう殺す覚悟もできあがっているだろう
それなのに足は無意識に天華を避けてしまうのだった
死にたくないのでは?と一瞬考えもしたが、殺される覚悟はずっと持ち合わせている
今更それはない

ただ・・・
正体を明かしてしまえば、二度とあの輝くような笑顔を見ることはなくなる
他の客とは違うと、あどけなく笑った日だまりのような暖かな表情に
もしかしたらそれが無性に寂しいと感じて動けないのかもしれない



・・・・寂しい?



感じたこともないものが何故今出てくるのだろうか
まだ幼かった頃、親が死んだと聞かされても涙の一滴すら出なかったのに
いつの間にかずいぶんと情を移していたことに、今更ながら絶句する

本当に・・・・今更だ
彼には殺されなければならないのに



「夢人・・・今話せるか?」
「何かあった・・・・?」
「あぁ。」



突然顔を覗かせた手塚は、幾度か部屋の外を見回し
誰もいないことを確認してからようやく襖を閉めた
どうしたんだろう
ちょっとした話にしてはあまりにも過剰すぎる用心深さだ

そしていつもより真剣な表情をしている手塚が小声で話し始めた



自分を殺して欲しいと



聞いていた
だが何度言われたことを反芻しても理解できそうにない
今手塚が死ぬ必要などどこにもないのだから、殺して欲しいというのはあり得ない相談だ

聞きたいことはあったが、一度止めて説明する時間がないのか強引に話は続けられた



「何も本当に殺して欲しいんじゃない。ただ俺が斬られて死んだ、と報告して欲しいだけだ」
「別にかまわない・・・けど、そんな危険な真似をしてまでいったい何を」
「・・・・・闇守を・・・・・抜ける」
「抜ける・・・・・・・!?」



予想もしていなかった答えに言葉をなくす
まさか闇守を抜けるという話が手塚の口から聞くことになるなんて

確かにそれ以外にこの仕事をやめる方法など皆無だ
闇守を抜けるということは自由を得るということ、同時に逃げ続ける生活になる
一度足を踏み入れれば死ぬことでしか解放されることのない世界
逃げ出せば、どこまでも追われ続け間違いなく消されてしまう
誰であろうとそれは絶対だ
そんな危険を冒してまでいったい何をしたいのか、僕には分からなかった



「越前を覚えているか?」
「新造の・・?」
「そうだ、身請けをその日にしたい。いつまでもここに残っていてはなにかと・・・な」



血の臭いが染み着いた鶴屋で一般人が日常生活を送れるはずもないし、させたくない
大切な人のことを思いやるならば闇守を続けていくことは難しいだろう
だが自分一人で解決できるほどこの組織は甘くない
そのため手塚は頼ってきたのだ

驚きはしたが反対はしない
手塚が自ら選ぶ人生なのだから
自分が一番いいと思う選択をすればいい



「・・・・・・・・・・・・分かった。協力させてもらうよ」
「そうか・・・・・・・・・・・ありがとう」
「でも・・・追っ手は避けられないと思う。いくら報告しても死体が出ないのはおかしいから」
「あぁ・・・・お前自身の身も危うくなるが」



自分の都合ばかり押しつけるとすまなそうに手塚は言う

確かに僕は危うい立場になる
斬り殺されたと嘘をつき、逃がした共犯者だと知れたら
最悪その場で殺されるかもしれない
手塚はその点を心配して言っているのだろうけど、全く気にしていなかった
ここで人との関わりは必要最小限、その日僕がいなくても誰も気にとめないはずだ

幾人か同じことをして、死んでいった者がいると彼も十分承知のはず
だけどどうしてもする、と言うならば今に至るまでの長い年月
ずっと世話になりっぱなしだったのだ、これくらい手伝うのは当たり前
今までの恩からすれば足りないくらいかも知れない


そう告げると滅多に感情を表すことのない手塚が珍しく驚いた顔をしていた



「変わったな」
「別に何も変わったつもりはないけど」
「いや、変わった。自分のことだから気づいていないかも知れんがな」
「そう・・・」



こういうことを言われるのは慣れていない
どこか変わったのだろうか
いや、きっと気がついていないだけであって完全に変わってしまったのだ
菊月と会ってから、少しずつ、自分では分からない程ゆっくりと

なんとなくその話題から離れたくて計画の内容を促す
闇守の全員の目を欺くからにはとても難解なものなのだろうと思っていたのだが
聞けば僕がするのはほんの些細なことだけだった
だが、とても重要で
失敗すれば計画の露呈もあり得る


手塚からの
最初で最後の依頼を遂行するのは明後日の夜









その夜、僕は指示された依頼ををすでに終え鶴屋へゆっくり帰っていた
手塚は天華に到着し、身請けを済ませたはずだ


これからしなければいけないことは二つ
一つは、手塚が任務中斬り殺されたと報告すること
すぐに嘘は見抜かれてしまうかもしれないが、時間はまだたくさんある
それまでにあの二人が出来うる限り遠くへ逃げてくれることを信じるしかない




そして、もう一つしなければならないこと
嘘が見抜かれる、その前に会いに行かなければ
闇守に奪われる前に
命を渡さなければ
約束したあの子へ


不意に暗がりから誰かが姿を現した
人数は一人
だが気配は二つ
先ほどの標的の追っ手か、それとも・・・・
警戒しつつ刀へ手をやると聞き慣れた声に名前を呼ばれる



「夢人」
「手塚!?もう行ったかと・・・」
「その予定だったんだがな・・どうしても最後に話しておきたいと」



促され後ろから越前が姿を現した
後ろに隠れて見えなかったが先ほどからずっとそこにいたのだろう

越前と特に意識して言葉を交わしたことがないのに何故
そう思ったが共通の話題など一つしかない

越前は胸の前で手をぎゅっと握りしめると、うつむき気味に話し始めた



「姐さん・・・菊月さんが・・・・・身請けされます」
「!?」
「俺も詳しくは知らないんですけど・・・近日中っす」



関係ないこと
彼は陰間で、僕は闇守




少し前までは簡単に切り捨てることが出来た
でも今は衝撃の方が強い
いくら真実でも受け入れることができなかった

身請けなど吉原の世界では多々ある話
吉原で生きる者にとって唯一自由の身になれる方法で、誰もが夢見る
越前も身請けされ晴れて自由になっているからこそ今此所に手塚といるのだ

相手の家がこの付近だという確証はない
あったとしてもきっと出て行くだろう
いつまでも吉原に近い町に留まっている可能性は限りなく低い
もし会いに行かないまま菊月が身請けされ天華から去れば
また行方が分からなくなってしまう


そして僕はなにも言えないまま
伝えられないまま
闇守に消されるのを待つ
菊月が菊丸英二ということに気がついたのは僕だけで
菊月は不二周助が夢人だということにまだ気がついていない
今までずっと不二周助に捕らえられてきて
やっと約束を果たせると思ったのに
菊月は解放されず行ってしまうのだろうか

越前が握りしめていた手をさらに力を込め悲痛な声で叫ぶ



「菊月さんはっ!菊月さんはやっと自由になれるのに全然嬉しそうじゃなくて
・・・でも俺はなにも・・・なにもしてあげられない」
「僕だって・・・・何も・・・・」
「なら会いに行ってください!!菊月さんは・・・あんたを・・・待ってる」



言葉がでなかった
菊月がただ会いたいと思っている?
約束を果たした、もう会う必要もないこの僕に
瞬間理解した
菊月は気づいていないふりをしているだけで、本当は全て・・・
それで会いたいと言っているならば辻褄が合う



「ここは鶴屋に近すぎる。そろそろ行くぞ」
「はい・・・・菊月さんをよろしくお願いします」
「夢人・・・・いや、不二。菊月がどう関係しているのかは俺には分からない。
だが、後悔だけはしないでくれ」



闇に消えていく二人を見送りながら、僕は動くことが出来なかった
あれほど躊躇っていたくせに
今なら天華に行ける気がして
後悔する前に
あの夜のようになる前に動かなければと
思ったんだ














気づいていなかったのは僕だった

でもその答えには矛盾がある

天華の店先で死にかけた時

あのまま倒れていれば殺されていた

見殺しにすることは簡単にできたはずなのに

菊月はしなかった

理由を知るのは

当分先のこと

〜依頼〜