吉原に来てからずいぶんと時が経つ

店主や会計、みんな優しく接してくれたけど

天華に来た頃は寂しくて悲しくて

毎夜泣いていた

でも水揚げの日

俺は泣くことをやめた

絶対に生き延びてやる

そう堅く誓った











あの人はまたくるだろうか


石田屋の若旦那に酌をしつつ俺はあの一風変わった客を思いだしていた

きっとまた会える

とあの客には言ったものの確証はない
ただ何となくだ

たぶん自分と同じ年であろうあの人はとても綺麗だった
それは顔立ちだけじゃなくて話し方とか振る舞いも含めて全てに無駄がなくて



「菊月?どうかした?」
「あ、いえ・・・」



若旦那から心配そうに顔をのぞき込まれて苦笑しつつ酒を注ぎ足す
仕事中に不謹慎だとは思うけどなぜか気になってしょうがない
一回しか会っていないうえに少し言葉を交わしただけなのに

また意識が違う方へ向きかけていると若旦那が俺の頬に触れた



「菊月、あの話は・・・まだ了承してくれないかな」
「・・・・・・・・すみません」
「いや、今じゃなくていいんだ。じゃあまたくるから」
「はい、」



見送りのために立ち上がると襖がすーっと開いて越前が顔を出す
無表情だけど嬉しさがにじみ出ていて顔を出した理由が分かった
見送りはいいよと若旦那が俺の頭を撫でて部屋を出て行く

次の客がくるその合間に軽く座り直して窓外を見上げた
他の遊郭の灯りが夕闇を明るく映し出しているけど綺麗とは言い難い
ここに来てから見たことがない月が照らし出す夜の方が俺は好きだ
でもこの願いは叶わない



「菊月さん、手塚さんがお越しだそうです」
「そっか」



嬉しそうに部屋に戻ってきた越前を見て俺は思わずクスリと笑う
ここでそんな表情をするのは手塚さんが登楼した時だけでなんだか微笑ましい

できればこのまま
誰の身体も知らずに
好きな人のもとへと嫁いで欲しい
手塚さんは絶対に越前を幸せにしてくれる
とても大切にしているのが傍目から見ていても分かった



「なに笑ってるんスか」
「別に?」



クスクス笑うのが気に入らなかったのか越前が訝しげに俺を見て顔をふいと背ける
その様子も可愛らしくてまた笑ってしまった


















「今夜も座敷だがかまわないか?」
「はい、俺は別に」
「僕は・・・・」
「お前もゆっくりしていけ。今回はここからの方が近いだろう」
「・・・・分かりました」



手塚は越前の手を引くと隣の部屋に下がってゆく



「俺の言ったとおりっだったろ?」



すると名も知らない少年は来る気はなかったとでも言うかのように重いため息を吐き出したのを見て
俺は苦笑してしまう

この前来たときもそうだったけど
ここが好きじゃないみたいだ

このまま沈黙が続くかと思ったけど急に少年は整った顔を上げて俺を見据えた



「なぜ名前を?」
「名前?」
「普通名を名乗るのは客からだと聞いたから」
「あぁ・・・」



初めてあったとき思わず自分から名前を教えたことを思い出す

あの時はただなんとなくまた会いたいと思ったから
名前を覚えていてくれればもしかしたらまた会いに来てくれる

そんな淡い期待があったのかもしれない



「なんとなく・・・かな」
「何となくで教えるなんて随分節操が無いんだね、それが」



「やめてください!!!」



「越前!?」



隣から大声が聞こえてきて越前が部屋を飛び出して俺にぎゅっとしがみつく
心なしかその手は震えているようだった



「冗談・・・なら・・・やめてください・・・・・・・・俺、は・・・っ」

「冗談ではない・・・すまない騒がせたな菊月。またくる、越前・・・・先ほどの話し考えていてくれ」



それだけを言うと手塚さんは足早に去っていく
少年も後を追うように立ち上がりなにかためらう表情になったかと思うと何かを口にした



「・・・・・・夢人」
「え・・・」
「なんとなく・・・だよ」



名前であろう言葉を呟いた少年は俺の視界から消えた






「夢人・・・」



教えられた名前を噛み締めながら
俺は越前をなだめた
















夢の人
菊の月
幻に住みし住人が出会う
それは幻の始まりか
それとも ____________________

〜二会目〜