なんてモヤモヤ 9
不二の家から戻るとドアの前に誰かが座り込んでいた
誰だろう?と一瞬思ったが夕日が反射してきらきらと光る金糸の髪ですぐにその正体が分かる
「コタローはん、どないしたんどすかこないな所で」
呼びかけるとあの人の弟は「お帰り」とあどけない笑顔を浮かべた
「てっきりシンタローはんと一緒に来るんやと思っとりましたわ」
晴れているとは言っても気温があまり上がらなかったため、外で帰りを待っていたコタローの身体はずいぶんと冷えていて
慌てて家に招き入れる
『コタローにはミルクティーを出せ』と言われていたことを思い出して一応教えられていた通りに出してみたのだが・・・
不慣れな自分が淹れた紅茶はあの人が淹れた物よりだいぶ味が落ちているだろう
それでもコタローは美味しいと言って飲んでくれた
「おにーちゃん仕事忙しそうだったし、先に来ちゃった。2人で話したいこともあったから」
「2人で、どすか」
あれほど慕っていた兄を置いてきたのだ、よほど大切な話なのだろう
コタローが腰掛けるソファーの隣に座ると、空になったカップをテーブルの上へと戻す
かちゃん、とカップとソーサーがぶつかる音がやけに大きく聞こえた
「昨日からずっと気になってたんだけど、家の中でもそれ・・・・かぶってるんだね。脱がないの?」
指を指されたのは菊丸からもらい受けたキャスケット。確かに家の中でまで帽子をかぶる必要はない
だがアラシヤマの頭には猫の耳があるため、コタローの前で脱ぐわけには行かなかった
猫が人へ変化したなど誰も信じるはずはないが、安全のため人前では決して帽子を取らないように
そう不二たちに言われているのだ
「へぇ、大切な物やさかい肌身離さず持っていたいんどす」
「ふーん・・・」
自分でも苦しい言い訳だとは思うが、フォローしてくれるシンタローはまだ帰ってこない
駅へ行こうにも時間的にまだ早いためコタローに怪しまれる
八方ふさがりな状況に内心で頭を抱えていると、不意にコタローの手が伸び帽子に手がかかった
いくら人より俊敏だと言っても完全に気を抜いていたため手を躱しきれず、無情にも帽子は床へと落ちていく
ぺたりと伏せられた耳は人ではない、ただの紛い物だという証。もうごまかすことはできない
観念して事情を説明しようとしたがその前にコタローが思いもよらない言葉を口にした
「ねぇ、黙っててあげようか?」
「黙って・・・・・?」
「うん。秘密は誰にも言わないでいてあげる。その代わり・・・・」
ニコニコと笑みを浮かべたコタローはあの人と同じような手つきで頭を撫でる
あんなに可愛かったはずの笑顔が今はとても恐ろしく見えた
「ボクのものになってよ・・・・アラシヤマ」