〜初会〜

「遊郭に行くがお前も付き合わないか?」



そう言われたときあからさまに嫌な顔をした
人の趣向にとやかく言う筋合いはないが遊郭という場所は昔から好きではなかった
誰に何回誘われても必ず断ってきたが今回誘ってきた相手は仕事の先輩
あんな欲を貪るところ、まったく関心がなかったがしかたなく付き合うことにした








それが夢の始まり

ずっと淡く輝いていた月

気がつかなかったのではない

逃げていないつもりだった

でもいつの間にか自分がしたことから逃げて

なにもかもから目を背けて

見ようともしなかった







遊郭に訪れる夕暮れとともに店にともり始める明かりを眩しく思いながら、目的 の店へと歩みを進める
隣で歩いているのはのは自分をこんな場所に誘った手塚という先輩
何かと世話になっているのであまり逆らうわけにもいかない相手だ



「夢人、やはり嫌だったか?」
「ええ、まぁ」



聞かれたことに正直に答えると手塚は眉間にしわを寄せる
(分かり切ったことを)
仕事上人と関わることを極端に避けているのは知っているはずだ
それに手塚も仕事もこなす身
なにかと名前が残るような場所に現れていいのか疑問だった



「着いたぞ。ここだ」



立ち止まったのは『天華』という店
よほど有名な店なのか多くの人が立ち止まり天華を見上げている
朱色で塗られた店の扉を開け中に入るとめがねをかけた店主らしき人物がにこやかに出迎えた



「こんばんは手塚さん。お待ちしておりました」



前から予約でも入れていたのか目当ての遊女はすぐに会えるらしい
まぁ自分には全く関係ないことだが



「そちらさんは?」
「あぁ、一緒に入る」



いきなり話を振られらしくもなく焦ったがとにかく手塚ついて行けばいいらしい
二階に上がり一番奥の部屋に通される
そこには赤い着物を着た自分と同い年くらいの遊女が一人座っていた
外にはねている赤茶色の髪と大きな瞳
今夜の相手なのだろうか?



「こんばんは」
「あぁ」
「部屋に待たせてます。今日は・・・」
「話すだけだ。この後仕事があるからな」



手塚は遊女と少し言葉を交わすとそのまま部屋を出ていってしまう
自分と2人だけになると遊女が話しかけてきた



「誰か呼ぶ?」
「いや・・・」



たぶん他の遊女を呼ぶかということなのだろう
だが付き添いできただけなので特に目的もなにもない
それに来たこともない所にいきなり1人にされるとは思っていなかった



「今夜は休みなんだ。1人で待ってんの暇だろ?俺でよければ付き合うよ」
「・・・」



にこやかに話しかけてきた遊女
名は菊月だという
菊月によれば手塚は天華の来るときは常連でいつもは1人で来るがたまに仕事仲間や後輩と来ることもあるそうだ
仕事の話をしているらしいが信頼ていいのだろうか



「手塚さんの相手は俺じゃなくて俺付きの新造なんだ。普通は新造に客を取らせないんだけど
手塚さんがいたく気に入られたらしくて」



つまり菊月に会いに来ていると見せかけて新造に会っているということだ



「俺は手塚さんと会ってることになってるから手塚さんが来ると他の客を取らなくてすむんだ。
それに一緒に来る人はみんな手塚さんの奢りだからって勝手にしてくれるしね」



俺は高いからさすがに誰も選ばないし
と笑う菊月
どうやら菊月は高い位にいるの遊女のようだ



「俺って、今流行ってるの」



少し気になったので聞いてみた
遊女は出身を隠すため独特の言葉を使うと誰かが話していたのを耳にしたことがある
だが菊月はそういった様子もないし第一言葉遣いが荒い



「知らない?天華って結構有名な陰間茶屋なんだ。でも陰間だと色気がないから客は遊女って呼ぶけど」
「あぁ」



それで納得がいった
陰間茶屋は男色を売る場だと誰かが言っていたのを思い出した
すると急に菊月が笑い出す



「お前ってなんか変だな。今までの客と全然違う」
「そう」



別に誰にどう思われようが関係ない
それが遊女や陰間ならなおさらだ



「こんなしゃべりかたしたの店の人以外では久しぶりだよ。
それに俺を見たことない人は噂話聞いて興味本位で来るのに違うんだね」



なんだか嬉しそうに菊月は言う
確かに手塚と話しているときは堅い雰囲気だった
隣から襖の開く音がしたと思うと手塚が戻ってきた



「お帰りですか?」



手塚に話しかける菊月はまた口調を堅くする
さっき言っていたことは本当らしい



「あぁ、見送りはいい」
「分かりました。またお越し下さい」



手塚はそのまま部屋を出る
それについて部屋を出ようとすると菊月から呼び止められた



「今度はお前のこと教えてな」



今度来るつもりはないのにまるでまた来ると分かっているように菊月は笑った








「なぜ他の遊女を呼ばなかった?1人では暇だったろう」
「いえ、特に理由は」



店を出るなり手塚は不思議そうに聞いてきた
遊女を呼ばなかったのは興味が無いからだが、菊月がずっと話していたことで暇だと全く感じなかった



「菊月はここでは有名な遊女でな、女よりも美しい陰間と噂されているそうだ」
「そうですか」



本当に女より美しかったろうか?
もし自分と同じ歳ならだいぶ幼い顔をしていた様な気がする



「俺はこれから仕事があるからもう行くぞ」
「分かりました」



手塚と別れ大門を出る
ふと空を見上げると、そこには白く丸い月があった
淡く光を放ちながら吉原をより幻想的に照らしている










霜月の冷たい夜風を感じながら月を見て
僕は先程会った少年ををなにとなく思い出していた